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悪態をつく、という事/ネグリ/所謂「真理」

いや、帰りの電車の中で、酒をあおりすぎたのかもどしちゃってる男性がいて。床に。
臭いやら酷くてその車両だけ空いてたもんで、まぁしばらく座って本読んでたんだけど、
なんというか、居心地が悪くなったんで、ティッシュやらで拭いてあげたんです。床を。
いや、ここまではただの良い人アピールなんだけど。
他に座ってる男性が「臭ぇなぁ、うぜぇんだよ!」的な事をぶつぶつ言ってる訳。
まぁ、そうだろうねと。疲れて帰ってきてるのに、吐瀉物が視界に入ってきて臭いもかがせられたらたまったもんじゃないよと。

いやーしかし、心にゆとりがなくなるというのは怖いもので
恐らくどんな事象だって簡単に言えば「捉え方次第」なのであって。
そんな事は高校時代の僕でも気づいていた事で、当時なら「嫌な対象に対して怒ったり罵声を浴びせたりするんじゃなくて、「彼もきっと最近大変な事があって、今日は羽目をはずして飲みすぎちゃったんだな」と思えば気が楽だ」
等と若干上からの目線ではあるけど、プラスな目線で捉えていたなぁと考えておりました、
悪態をついている人に対しては、可哀そう。くらいの感覚で。

いやただこれかなり重要な事態でね。直接彼に「臭いから処理してください」と言うのならともかく、独り言なんすよ、悪態。
恐らくストレス発散になる訳でもなく、周りの人もその発言でカタルシスを得る訳でもなく笑
それが全てマイナスの要因だから、というより、その様な思考の基本スタンスが蔓延していると思うと、これは自殺も増えるわなぁとそれなりに真面目に言いたくなるという事で。
今の僕のスタンスは、相手の状況やらを‘理解してあげる’という事ではなくて、‘色んな事が起こりうる’と捉えようとする。というかそういう思考の傾向になってきている。
特に疲れている訳でもないし、汚いもの、にそんなには抵抗ないし、その行為で周りも少し和やかになるなら喜んで拭きますよ、くらいの話。
そう思い始めてから、大抵の事は楽しんで見る事が出来るのですよ。個人として、この方向性に間違いはないと思うのだけどどうでしょう。

常にプラス思考で物事を捉えるのが吉、という訳ではない、勿論そんな事言ってられる状況にいない人もいると思うけど、もう少し楽に俯瞰出来たらどんだけ救われる人がいるかと思うと、…やはり、個人の事だけ考えているだけではダメだと思ってしまうのです。



大学主催の、ネグリに関する講演会にいってまいりました。「マルチチュードとコモン-スピノザからグーグルまで-」
なんか今日新幹線の大きな事故があったらしく、その会のメインの水嶋一憲さんがちょうどそれに巻き込まれたらしく。
司会の澤里岳史さんと、ネグリの概説をしてた野内聡さんとでなんとかしばらく場をとりもっていたのだけど。
いやー…なんちゅーか酷いもんだった、
いやネグリは手をつけようと思ってなかなか手が出ず、『芸術とマルチチュード』だけはちょいちょい引用して使ってるくらいだったので
ネグリにおけるマルチチュード、〈帝国〉概念の説明は…は、まぁ教科書的で非常に分かりやすかったのだけど。
澤里さんや哲学科の佐藤眞理人先生のネグリに対する突っ込みに、野内さんが回答…のくだりがグダグダで。
質問の意図が汲めてないからなのか、頑張ってネグリを擁護しようとするあまりてんぱったのか分からんけど、
「いやそれは分かってるから」みたいな応答ばかり繰り返す野内さんに会場失笑。
いくつか批判が出てたけど、大体共通してた論旨は、ネグリの用いる概念の定義があいまいで、どの様に解釈すれば良いのか分からないというもの。
昔mixiに書いた事があるんだけど、やっぱりネグリはパッション先行で、あまり理論的枠組みがしっかりしていないという印象がある。(主著読んでないのに。)
個人的には嫌いじゃない思想家なんだけど…現実的にオルタナティブを示す事が出来るかといったら怪しい感じはしますね、という。





帰り、夜道、syrup16gの『I・N・M』を大声で歌っていました。

何か正しいことがある
何が正しいことになる
俺は俺でいるために
ただ戦っている精一杯

偉大でなくたって、現実と向き合っている芸術家は
個人的にであっても「真理」を見つけるのでしょう
もしかしたらこの「 」は外す事ができるかもしれない。
僕はそれらに相対しながら、自分の強度を確認しつつ泣きながら本を読むのです。
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テーマ : 哲学/倫理学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:kenken
ベルクソン、フランス現象学辺りから時間/イメージ論にアプローチしております。
哲学をする、事は演劇をする事であり、演劇研究は哲学でしかあり得ないという考えの下に、両者の関係をより精緻に見ていきたいという所存で御座います。
いずれ演出、俳優業も再開したいなぁ、などと!


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