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そしてある種のスーパーフラット、

秋葉原dress hall

『ブルーバード・オブ・スーパーフラット』二か所目、での公演が終わりました
また地下、な感じで御座います。ました。
三か所目、のげシャーレ公演に向けて未だ諸問題御座います、が、確実に燃焼の方向には向かっております。

さて作品のタイトルにもあります「スーパーフラット」。
日本的な美、の根拠として村上隆が標榜したもので御座います。
日本画等の奥行きの無い美術を指している概念なのだけど、
転じて価値基準の失効した時代の美学を示しているのです、
僕は村上隆の著書を読んだ事がないので一般的な理解になってしまいますが、。
例えば、「芸術」=ハイカルチャーと現代のサブカルチャーは、近代では明確なヒエラルキーによって図示されていたが、それらは既に水平的な価値形態しか持っておらず、「等価」である、という事。等。
別の言葉で言えばヘーゲル的弁証法からの脱却、でしょうか。

00年代(実質上野千鶴子やら宮台真司らの登場辺りから、だから、80年代末~90年代初頭辺りからかしら(勿論もう少しさかのぼれば吉本隆明ら))の論壇は、その様なパラダイムに基づく言説を常に展開してきた。
日本におけるポストモダン思想の受容が、サブカル的な文脈で語られる事が多かったのは、両者の相性が非常に良かったからなのだ、とは様々なところで言われる事で御座いますが、それは間違いないでしょう、「日本的なもの」「日本の文化」を‘戦略として’推し進めていく為にも、ポストモダン的論調は都合が良かったのだと思われます。

しかしね。イメージの断片化等にもちらと書いたのですが。
その様な言説展開は、西洋主義からの、神を中心とする強力なヒエラルキーからの、脱却。という事しか言っていない。言う事が出来ない。垂直的価値基準の失効を謳うという事は、何が良い悪いと言えなくなるという事で。その様な状況が「良い」とも言えない訳ですよ。

そして結局。それがもたらしたのは何だったのさ。大塚英志『おたくの精神史』大澤真幸『不可能性の時代』でも読めば良いと思う、けど、完全に価値基準のない世界では生きていけないでしょう、普通。

「スーパーフラット」は、ある種の悟りの境地だと思います。
色即是空、空即是色。
故、僕もこれをただ排斥するのでは御座いません、が、
もう戦略的にスーパーフラットを主張する時代は終わったのである、という事です。もう十分だ。
少し分かりやすく言えば、それまでの社会批判が「それが‘良い’とは言えないじゃないか!」で済んでいたところ、新種のウィルスである「ええ、良い/悪いは無いのだから人殺しても良いですよね」と言ってくる人達(例えばオウム真理教)に太刀打ちできない、状況になってしまう。
さてどうしましょうというお話で御座います、

何かしらの立場/ポーズを取るのか。
近代的主体への回帰を目論むのか。
現状を追認するのか。
他の道を模索するのか。

ねぇ。
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Author:kenken
ベルクソン、フランス現象学辺りから時間/イメージ論にアプローチしております。
哲学をする、事は演劇をする事であり、演劇研究は哲学でしかあり得ないという考えの下に、両者の関係をより精緻に見ていきたいという所存で御座います。
いずれ演出、俳優業も再開したいなぁ、などと!


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